魯迅の”阿Q正伝”を読んで、無知は致命的だと思った。

2020年4月12日

こんにちは、ナカです。

 

今回は、「阿Q正伝(あキューせいでん)」
という、

中国の作家である魯迅(ろじん)の小説を
読んで思った事を話させてください。

 

ただ、今回の内容については、
どちらかというと、私の感想といいますか、
私自身が教訓に思った事でしかなく、

 

アナタにとって、
有益なものであるか?

と聞かれると、
必ずしもそうとは言えないかもしれません。

・・・が、これで何かの気づきがあれば、
と思い、送らせて頂いた次第です。

 

阿Qと自分を重ねてしまう

阿Q正伝と無知

「阿Q正伝」のあらすじ

中国のある小さな村に、
本名すらはっきりしない、
日雇いの”阿Q(あキュー)”と呼ばれている男がいた。

 

彼は、働き者との
評判こそ持ってはいたが、

 

家も金も女もない上に、
文盲で容姿も不細工だったため、

 

周りの人間に馬鹿にされる、
ヒエラルキー最底辺の立場にあった。

 

そんな彼は、
「精神勝利法」という
独自の思考法を頼りに、

 

馬鹿にされたり、
喧嘩に負けても、

 

その結果を自分にとって都合よく解釈し、
”自分が正しかったんだ”

 

・・と思い込むことで、
人一倍高いプライドを守る日々を送っていた。

 

ある日、阿Qは村の金持ちである
趙家(”ちょうや”当時、権勢を誇っていた一族の名前)
召使いに劣情を催し、

 

言い寄ろうとして逃げられた上に
趙の旦那の怒りを買って村八分になり、
仕事にもあぶれてしまう。

 

食うに困って盗みを働き、
逃亡同然の生活を続けていると、

 

革命党が近くの町で革命を
起こしている事を耳にした彼は、

 

意味もわからぬまま「革命」に便乗して騒いだ結果、
革命派の趙家略奪に関与した無実の容疑で逮捕される。

 

無知ゆえに筋道たてた弁明も出来ず、
流されるままに刑場に引き出され、

 

あっけなく銃殺されてしまった阿Qに、
観客達は不満を述べ立てるのだった。

 

私は、この本の内容を踏まえて、
思った事があります。

 

自分に都合よく解釈して物事を捉えても、
状況は改善されない事、

 

力を蓄えておかないと、いざという時、
窮地に追い込まれる事、

 

いろんな思いを馳せましたが、
一番強烈に感じたのがコレです。

 

「”無知”である事が致命的である事」
です。

 

”無知”である事が致命的である事

 

”知っている”と”知らない”では
大きな差があります。

 

この物語の主人公である阿Qは、
勤勉ではあれど、知識が無かったために、

 

自分の無実を証明できずに、
濡れ衣を着せられ、結果的に銃殺されてしまいました。

 

ある程度、弁舌に長けていれば、
こうはならなかったハズです。

 

生きていると、不意打ちの如く、
窮地に立たされる瞬間がきます。

 

そういった時の為に、
ある程度の知識を身に付けておき、

 

困らない程度の理論武装をしておかないと、
想像もつかない程、
悲惨な未来が待っているんだなと。。

 

・・・話が多少逸れましたが、

 

雇われた仕事であろうが、
ネットビジネスであろうが、
なんであろうが、

 

生きていく上で、
”知らない”という穴を放置するのは
非常にマズイです。

 

何故なら、その時点で、
知ってさえいれば対処できたであろう
問題や壁、障害を避けられなくなってしまうからです。

 

私は、今まで何度も、
”知らない”事が原因で、

 

何度も遠回りをし、
二度手間を働き、

恥をかき、
辛酸を舐めさせられ、
幾度となく煮え湯を飲まされてきました。

 

その都度、後悔し、
自分の無知や不用心を呪ったものです。

 

ネットビジネスに
おいても例外ではなく、

トレンド的な要素が強いノウハウであろうが、
今後長期的に適用できるような知識であろうが、

そのすべてにおいて、
知っておいて損はなく、

 

知らなくてもイイ情報なんて
ないんじゃないだろうか?と思う事があります。

 

知らなければ知らない程、
周りと差別化を図るどころか、
置いてけぼりにされてしまいます。

 

常日頃から、”インプット”という作業を
怠らないよう、今一度、褌を締め直そうと、
思った次第です。

 

また、私は、アナタに対しても、

「知らない」という状態を
作ってほしくないと願っております。

 

その為、私自身、
”知ったほうがイイな”と

感じた事については、余すことなく
メルマガ・ブログで発信し、

 

記事に関しても、その内容を反映し、
「読者目線に立った情報を発信する」という
スタンスを貫こうと思っております。

 

また、ブログビジネスをしていく上で、
何か疑問に感じている事があれば、
気軽にご相談ください。

 

その時は嬉しく思います。

 

資産性の高い行動をとったほうが無難

阿Q正伝と資産性

ここで一度、
目線を変えてみます。

この物語の主人公、
”阿Q(あキュー)”は、

 

一過性の賃金しか生まない
肉体労働にしか注力できず、

資産を生み出す仕組みづくりに
精を出す事をしませんでした。

 

勿論、その時の時代背景もありますし、
ネットが普及していなかった頃の世界ですから、

 

”仕組み化”という概念そのものが
無かったかも知れません。

 

ですが、私たち現代人は、
ネットを使って、いつでも0から資産を作る事ができます。

 

コレを読んでいるアナタには、
このような、

 

”目先の不安や不十分を満たす為だけの金しか生まない” 

というような状況を
避けていただきたいと思っております。

 

つまり、アルバイトやウーバーイーツ、
派遣労働など、

 

働いた時間分しかリターンが発生しない
ビジネスモデルにあまり力を割いてほしくない
とお伝えしたいのです。

 

それよりも、
”生み出した労働から、定期的に収益が発生する”
というような資産型のビジネスに目を向けていただけたらと
思います。

 

勿論、労働そのものに意味を見出して、
なおかつ、ソレが楽しいのであれば、
否定するつもりは無いのですが、

 

もし、それを望まないのであれば、
ブログでもYouTubeでも
なんでもいいので、

 

一回の労働時間でどれだけの金が稼げるか?
というような、”時給で考える”という発想ではなく、

 

どれだけレバレッジの利いた労働ができるか?
という発想の元、行動して頂けたらと思います。

 

”本当にやるべき事はこれで正しいのか?”
その発想に至らないまま、

ただひたすら言われた事を
こなすままの”時給脳”では、

 

いずれは、今回引き合いに出した、
「阿Q正伝」の主人公、”阿Q”のように、

 

現実の惨めさや
自分の能力の無さに目を背け、

 

独自の思考法で本来の自分を妄想の中で逆転させて
満足してしまう滑稽な人物になってしまいます。

 

そのような危惧を抱いた、
今日のこの頃です。

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