「学校の勉強は意味ない」と不平不満をのたまうのは”究極の恥”

2019年11月7日

 

こんにちは。なかです。

 

皆さんは、自分の子供が
反抗期・思春期を迎えて、

 

こんな発言を繰り出してくる事
はありませんか?

 

「学校の勉強なんて将来役に立たないから勉強する必要ない!」

 

・・・確かに、今自分がついている
仕事の内容と学生時代に教わった教科が全く
関係無かった場合、

(確かに使わないっちゃ使わないかも・・)

 

という風にこの質問の
答えに困るかもしれません。

 

ただ、だからと言って勉学を
誹る理由にはなりません。

 

今回、なぜ学校での勉強が大切なのか、
個人的な意見を綴っていきたいと思います。

 

※注意

既にタイトルからして手遅れですが、
攻撃的な言葉を意図的に散りばめています。

胸糞悪く感じる方はブラウザバックをオススメします。

 

 

私がこの記事で考えている、“クソガキ”の定義

 

「勉学に対して疑問を感じているのに、“なぜ勉強しなければならないのか”を深く探ろうともせず、
大人の意見に耳を貸さず、かといって他になにか熱中している分野があるワケでもないのに結局勉強を怠ける子」

 

つまり、

 

  • シンプルに勉強嫌がって怠惰を貪る子供
  • そういった子供を抱えて悩んでいる親御さん

 

に向けて書いた記事です。

 

 

もし、アナタが一生懸命、

  • 部活を頑張っている未成年
  • 勉強頑張っている未成年
  • やりたい事に向けて日々努力している未成年

 

であれば、この記事を読んでも
あまり価値を見いだせないかもしれまん。

 

また、そういった子供に対して、
“クソガキ”と言っているワケでもありません。

 

本当に、「勉強に意味を見いだせない子」全員を
クソガキと思っていたとしたら、
そもそもこんな記事を書きません。

 

なぜか、この記事のコメント欄に
反論してくる人は、

 

一生懸命頑張って努力している側の人間
が多く見受けられました。

 

これは、私にとっても不本意なものです。

 

何かの分野に対して、
一生懸命取り組んでいるのであれば、
ソレだけで価値があります。

 

胸を張って言えます。
「貴方はクソガキの範疇ではありません」と。

 

ただ、何かに熱中する事なく、
ただのほほんと暮らしているだけ

 

ただ、いたずらに時間を消費しているだけ

大した努力もせず、
勉強に対して不平不満をまき散らすだけ

 

なんであれば、

 

それは非常にマズイです。

 

もし、アナタ自身が
ソレに該当するのであれば、

 

「もう少し恥じた方がイイよ。。。」

 

という趣旨の記事です。

 

また、よく勘違いされますが、
この記事は、”学校の勉強“について
触れています。

 

つまり、5教科について一生懸命熱く
語ってはいますが、

 

“学校”そのものについては、
私は非常に懐疑的で、

 

学校以外で勉強の場を設けているのであれば、
必ずしも、”学校”という場所に
拘る必要はないんじゃないか・・?

 

と思っているぐらい、
現代の子供たちからすれば、時代遅れというか、
多少レガシーな存在になっている
と思っています。

 

大前提として、学校は100%、全部が全部”子供たち”のためにあるワケではない

 
なんで、
学校の勉強は使わないから意味ない!
 
っていう発想が生まれるんだろう
と思っていましたが、
 
 
ようやく、
その疑問が解けました。
 
 
多分、子供たちは、学校という施設が、
「自分たちの将来の為にあるものなんだ」
と勘違いしてるのではないでしょうか?
 
もし、そう思っているのであれば、
考えを改めてください。
 
 
あの「学校」という施設は、
 
“子供たちの為”ではないんです。
 
どちらかというと、
“国の為”なんです。
 
 
 
つまり、
 
子供たち一人一人の将来の為に
学校で勉強させているというよりも、
 
国にとって都合のいい、
高い知識と教養があって、
 
なおかつ、便利で従順な労働力を
生産するため
 
に重きを置いています。
 
 
 
だから、社会に出ても実用性に乏しいであろう
和歌、音楽、歴史とかを学ばせるのも、
 
 
日本人として
 
  • 知識教養に恵まれている
  • 誠実謙虚で品行方正である
  • 上品で格式高い
  • 国外に出ても恥ずかしくない
 
というような、
日本人として最低限の知識を
身に付けさせるため、
 
 
つまり、絵にかいたような
“典型的な日本人”を作る為で、
 
 
  • 「ピアスがダメ」
  • 「髪を染めるのは邪道」
  • 「服装の乱れは心の乱れ」
 
っていうバカバカしい校則があるのも、
一種の洗脳で、
 
こうやって小さい頃から
ルールを守らせるように諭す事で、
 
将来的に便利で従順な社畜を
作るための精神教育の為です。
 
 
こういった一連の教育を経て、
 

「結果よりも過程が大事。」
「長時間頑張る事は美徳。」

っていう、

  • コキ使う側
  • 雇う側
  • 国を運営する側

 

にとって都合が良いような
とんでもない思想を植え込み、

 
  • やりたくないことを我慢してやる子
  • 大人の「やりなさい」に忠実な子
  • 勉強して、いい成績を残し、いい学校に進学し、いい会社に就職する子

 

を出来るだけ多く“量産”し、
社会に“出荷”していきます。

 

そうすれば、一生懸命奴隷の如く働き、
税金を払い、国を栄えさせてくれます。

 

基本的に学校という施設は、
国にとって“都合の良い人材”
育成するための養成所のようなものなのです。

 

こうでもしないと、極端な例ですが、
「やりたくない事はやらないしやらないのが当たり前だ!」



という考えの人間が日本中に
あふれかえる可能性があるのです。

 

コレはまったくもって間違いではないですし、
正義なんですが、これでは社会が成り立ちません。
国が成り立ちません。

 

本来であれば、個々人好きな事を
やらせてあげたいのは山々ですが、

 

皆が皆、「好きなことだけ」
をやってしまったら、
国として機能しないのです。

 
たまに、「君たち(子供たち)の為に学校があるんだよ!!」
みたいな大人がいますが・・・
 
 
 
 
皆さん、騙されないでください笑
 
 
 
残念ながら、学校という施設は、
100%全部が全部、あなたがた子供たちの為に
あるものではないのです。
 
 
 
普通は、
中学校高学年ぐらいで、
 
 
「あ、コレ耳心地のイイこと言ってるけど、
上手い具合に”社会の歯車”にしようとしてるなー笑」
 
って気づくものですが、
 
 
 
グーグルかなにかの検索窓に
「勉強 意味」みたいな組み合わせで打ち込んで、
 
 
この記事にたどり着いたという事は、
多分それすらも気づいていないのかなと。
 
 
勿論、多少は子供たちの意見も取り入れてはいますが、
どっちかというと、「労働力の供給」がメインで、
今後もその軸をブラす事はないです。
 
 
ですが、義務として課せられた以上、
やらないとダメですし、
 
 
どうせやんないといけないのであれば、
嫌々やるよりも、
全力で真剣にやったほうが楽しいですし、
 
 
上達すればするだけ、
成績が上がれば上がるだけ、
周りから羨望の眼差しを向けられますし、
 
 
勉強から目を背ければ背けるだけ、
嫌になっていきますし、成績も落ちますし、
周りからバカ扱いされます。
 
 
また、どっちみち、私たちの考える力、
すなわち“思考能力”を底上げしてくれる事に変わりはありません。
 
 
5教科も奥が深くて、
捨てたモンではありませんよ。
 
 
そして、考えてみてください。
本来であれば、働いて稼いだお金を払って
するはずの勉強を15歳まで無償でできるんです。
 
最早、義務じゃなくて権利ですよ。
 
 
・・・だから、
 
  • 漫画家になりたい!
  • 歌手になりたい!
  • プロゲーマーになりたい!
  • YouTuberになりたい!

 

っていう夢を抱くのは素晴らしい事ですし、
応援もしますが、小中学校に求める事ではないんですよ。

 

世間を風靡した有名YouTuberも
歌手も、プロゲーマーも、
多かれ少なかれ学校に通って、

 

残った時間を投資して、
大成してきた人たちばかりです。

 

つまり、やるべき事やった上で、
自分の夢を叶えたワケです。

 

なんで、将来的に夢が果たせなった場合、
「学校の教育が悪かったせいだ・・」
みたいな逃げ口上は非常にナンセンスです。

 

学校の勉強が大切な理由

 

万が一、社会に出て必要になった場合、苦労するから。

苦労

 

確かに学校で習うすべての教科を
就職先で使うか?

 

というと・・
そういうワケではありません。

 

ただ、ある一部の職業は、
学生時代習った教科を応用している事もあります。

 

 

例えば、

 

  • 飲食業 → 売り上げ計算で数学の公式を使います
  • 看護師 → 点滴の濃度計算や時間計算に数学や物理が役立っています
  • 事務職 → 会議で使うホワイトボードに書記する際、漢字の勉強が役立つ
  • 販売業 → データの整理や作成に数学の知識を使う
  • プログラマー → 数学の証明を使う機会がある
  • FX・株 → 確率の計算に数学の知識が必要
  • 会社員 → エクセルなど会社の書類を作る際統計の知識がいる
  • 海外赴任した場合 → 英語を使う機会が必然的に増える
  • 公務員 → なる前に試験で試される。

出典:スタディサプリ

 

・・社会は私たちが思っている以上に
学生時代ちゃんと勉強を一生懸命
やってきたかどうか不意打ちの如く試してきます。

 

 

え?このタイミングで?と思うぐらい、
急に必要になってくるのです。

 

そもそも「学校の勉強が不必要」
という考え自体が間違っています。

 

世の中の勉強したがらない中高生はただ単に、

 

その仕事に抱いているイメージと
低レベルな判断力で、「勉強が必要ない」と
決めつけているかもしれません。

 

が・・、それはただ発想が貧しく、
視野が狭いだけで、

必ずどこかのタイミングで
そういった知識の有無が問われる瞬間が来ます。

 

 

“将来使えないし、お金を稼ぐ手段にならない知識”だとガチで勘違いしているから。

※寄せられたコメントから転載。
詳細はコメント欄をご参照ください。

 

日本語を司って
勉強意味ない!と陳情を述べる事が
できたのはなんのおかげでしょうか?

 

アフリカのある国では
民族間の紛争が原因で、
“国”としてマトモに機能しておらず、

最低限のインフラも整っておらず、
子供たちに満足な教育を施す事ができていません。

 

それが原因でろくに読み書きが
できない状態の子供が沢山います。

 

全国に学校がちゃんと設置されている
日本だからこそ、識字率がほぼ100%で、
ほとんどの国民が当たり前の様に日本語を使い、

 

 

ちゃんと学校が機能している日本
という国だからこそ、

 

 

 

最低限の会話や読み書きが出来なかった
場合、ドン引きされます

 

 

・・・が、

 

貧しい国では読み書きできないのは、
さほど珍しい事ではありません。

 

何が言いたいのかというと、

 

学校という制度そのものが
存在していなかったら、

今挙げた例のように、“言の葉”
を使って誰かに何かしらの思いや考えを
表現できなかった可能性がるのです。

 

 

そんなバカなと思うかもしれませんが、
世界中を俯瞰で見下ろしてみてください。

 

 

義務教育がちゃんと浸透していない国ほど、
識字率が異様に低く、治安も悪い傾向にあるのです。

 

豊かな国に生まれ、
豊かな国である程度の教育を受けて育つと、

 

どうしても
「言語を解して読み書きする」事
さも当たり前であるかの如く錯覚してしまいます。

 

コレは無理もないかもしれません。
ですが、認識を改めてください。

 

 

物心がつく小さい頃から、
“ひらがな”を学校で1から無償で学んだからこそ、

今現在、日本語を使えているのです。

 

 

私は学校という施設は、もう、

 

  • 一生モノの友達を作る場所
  • サラリーマン・社畜養成所
  • 結果出て無くても長時間頑張るのが”美徳”だと勘違いさせる場所
  • 社会不適合者を振るい落とすザル
  • 「子供のために」と目をキラキラさせながら着任したフレッシュな新米教師をブラックな労働環境でカンタンに潰す“”過労死教員量産所”

 

としか捉えてはいませんが、

 

勉強を学ばせてくれた事に関しては、
非常に感謝しています。

 

 

 

本人が気づいていないだけで、
ちゃんと”学校に通って得た知識”
の恩恵を享受しています。

 

 

もし、学校が存在せず、
そのまま今を迎えていたなら、

 

 

もしかしたら、
基本的な読み書きすらできない状況
にあったかも知れないのですし、

 

 

このブログにたどり着いて、
この記事の文章を読むことすら
ままならなかった可能性があるのです。

 

 

あと、「芸術や学問よりも」
と書いてありますが、

 

 

“よりも”という
文言が少し引っ掛かりました。

 

 

いいえ。「将来食える勉強」も大事ですが、

 

「芸術や学問」も
同じくらい大切だと私は思っています。

 

もっと言うと、
私たち一個人が学問という分野に対して、

 

 

優越を付ける事自体もおこがましい
ぐらいだと思っていますし、

 

どの学問にも、一生懸命学ぶべき
高尚な価値があると思っています。

 

 

そして、私たちが選り好みして良いほど、
蔑ろにできるものでもないと思っています。

 

そこまで重要だと思うのであれば、

  • 「芸術や学問」
  • 「将来食っていける知識」

 

2つとも一生懸命頑張って
勉強する事をオススメします。

 

課業外の時間であったり、
少しだけ遊ぶ時間を削れば、
時間を捻出できるハズです。

 

 

ちょっとキビしいかもしれませんが、
今一生懸命、知識や経験、ノウハウを
身に付けた人程、後々楽になれます。

 

あと、ホントに戦略的な
思考で動いていけるならば、

 

 

両方とも要領よく勉強して
頑張っているんじゃないでしょうか?

 

 

そうやってストイックに、
死に物狂いで頑張ってい学生は沢山います。
見上げたものです。

 

 

また、食うために必要
っていうのが府に落ちません。

「食うために学ぶべき事が他にある」
と言いたいのでしょうが、

 

どの知識・学問であろうが、
本当に一生懸命頑張って
極めているのであれば、

 

 

キャッシュポイントとして
生かせる要素は充分にあるのではないでしょうか?

 

  • 塾講師
  • 教師
  • 研究職
  • プログラマ
  • エンジニア
  • 通訳
  • ファイナンシャルプランナー
  • 経理・会計
  • 小説家
  • 書籍編集者
  • 義足技師
  • DNA研究者
  • 医者
  • 調剤薬局アシスタント

 

・・数え上げたらキリがありません。

 

もし、アナタが

「学校で学ぶ教科が食っていく上では不必要だ」

 

 

と考えているのであれば、
それは大きな間違いだと思います。

 

そして、このセリフ、
絶対に他所では発言しないでください。

なぜかというと、
このような事を口走った瞬間、

「あ。。。この人、世間知らずなんだろうなぁ・・・」

 

と後ろ指を指され、
冷笑を買う恐れがあるからです。

私はアナタが顔を赤らめて
大恥をかくサマを見たくはありません。

 

 

学力が高いほうが将来的に“強い”人間になる可能性があるから

 

学力が高いほうが、
将来的に稼げる収入が高い傾向があります。

 

これは、あくまでも「統計」であって、
なんら科学的根拠があるワケではありませんし、
必ずしもイコールではありませんが、

 

  • 稼ぐ力がある
  • 発言力がある
  • 支配する力がある
  • 空気を読む力がある

 

雇う側、雇われる側関係なく、
世の中に存在する“強い人間たち”は、
学生時代、熱心に勉強していた人達の方が多いようです。

 

思うに、これはただ単に、
「学歴」の差ではなく、

 

学生時代、学業面で良い成績を残せた事が、
一種の精神的なアドバンテージになっている、

 

 

もしくは、一生懸命勉強した事自体が、
“勉強以外の事について考える力”を
養っていたのでは?と考えています。

 

また、コレはあくまでも私の経験談でしか
ありませんし、総じてとはいいませんが、

 

勉強頑張ってきた人たちは、
いろんな意味で“強い”です。

 

 

どうすれば、自分の意見を納得させ、

強い人間を味方にできるのか?

 

どうすれば、合法・非合法問わず

大切な人を救えるのか?

 

どうすれば、意中の相手を虜に

できるのか?

 

どうすれば邪魔な人間のプライドを

粉々に打ち砕き、再起不能に追いやれるのか?

 

どうすれば、気に入らない相手を

精神的にボコボコにして淘汰していけるのか?

 

どうすれば人を要領よく動かして、

支配・利用できる存在になれるのか?

 

・・・という事に関して、
要領良く心得て立ち回っていました。

 

絵にかいたような『世渡り上手』で、

 

もっとカンタンにいうと、

「敵に回したくないタイプの人間」

が多いな・・・という事に気づいたのです。

 

大人になって、いざ社会のシビアさを
経験してしまうと、

 

子供に対して、
「勉強しなくてもよくね??」

 

なんていう、無責任で安易な発言
絶対にしません。

 

 

将来的に散々な思いをしたくないのであれば、
ある程度の学力と考える力はあったほうが
いいに越した事はないです。

 

 

もちろん、学生時代は、
青春真っ只中ですので、

 

  • スポーツ
  • 遊び
  • 恋愛

 

も同じくらい大事です。

 

スポーツ面がおろそかだと、
運動神経ゼロで、キャッチボールさせたら

 

見事なオカマ投げを披露するような
「モヤシ野郎」に育ちますし、

 

遊び方もロクに知らない、
恋愛も経験しないじゃ、

 

大人になって
「無味乾燥でつまらん人間」
に育ってしまう可能性が大です。

 

 

ですが、そればっかりに偏って、
「全くの無勉強」のまま社会に出るのは、
賢明ではない気がします。

 

 

というか、「勉強なんて必要ない!」と言えるほど満足に日本語を扱えていないから

 

「クソガキ」

 

というとんでもねぇ罵詈雑言を
記事タイトルの中に含めている事もあってか、

 

何人か

「ブチころがすぞ!!てめェ!?」

・・と言わんばかりの反論コメントを頂きました。

 

一通り、文章に目を通したのですが、
第一印象は、

 

 

「・・・ん??」

 

です。

 

何があったのかというと、
意味不明な日本語の羅列
が送られてきたのです。

 

文脈に繋がりがなく、
書いてある事が支離滅裂で、
何を伝えたいかがいまいちピンと来ない・・・

 

 

読めば読むほど
異次元にワープしていきそうな
そんな文章が送られてきたのです。

 

グーグル翻訳レベルとまでは
言いませんが、

 

違和感たっぷり、
ツッコミどころ満載、
その割には難しい文言を使いたがる・・

 

私も、
日本語を満足に扱えてはいませんが、
あまりにもコメント内容が稚拙で、

 

「ちょ、ちょっとまって・・・
ホントにソレで勉強必要ないの・・?」

 

とつぶやいてしまいました。

 

もう少し、
活字に触れてみてはいかがでしょうか?

 

 

「勉強ができない状況」がどんだけ悲惨か知らなさすぎだから

 

なんというか、平和ボケしすぎたのも
勉強意味ない!という気持ちが生まれてしまった
要因なのではないでしょうか?

 

その昔、この国が“大日本帝国”
呼ばれていたころ、

 

国のトップたちは、
自分達が住んでいるこの国が
豊かになるように、

 

武力という野蛮な手段を用いて、
他の国にケンカを売って無理やり屈服
させた後、資源をぶんどっていく

 

・・という、きわめて侵略的で
好ましくない方法で自国を繁栄させてきました。

 

割とうまい具合に事が進んだので、
調子に乗ってアメリカ様を敵に回しますが、

 

戦闘で見事にケチョンケチョンにされ、
原爆を落とされ、

 

主要都市を焼け野原にされ、
多くの死者を出した挙句、

 

辛うじて生き残った人達も、
後遺症というオマケまでもらってしまいました。

 

最終的に、
戦争に乗り気だった天皇も、

「すいません、自分実は神ではなく人間でしたぁ~><笑」


と、簡単に手のひらを
返してしまったのです。

 

こういった一連のプロセスを踏まえて、
日本人全員は、このような大切な教訓を学びました。

 

「あ、やっぱ戦争ってダメなんだな・・・

平和が一番なんだ・・・」

 

この教訓があったからこそ、
今の平和な日本が存在するのです。

 

ただ、この“教訓”を得るまでに
想像を絶するくらい多くの日本人が犠牲に
なってしまったのです。

 

つまり、何が言いたいのかというと、
今現在、私たちがさも当たり前であるかの
ごとく享受できている“平和”は、

 

“先人たちの大量の血液と死体”の上に
成り立って出来たものなのです。

 

本来であれば、
勉学に勤しんで、

 

スポーツに打ち込み、
好きな相手と恋愛し、

かけがえのない青春時代をおくるハズだった
少年・少女たちは、

鉛筆ではなく“銃剣”を、
バットではなく“小銃”を、

 

野球帽ではなく“鉄帽”を、
恋文ではなく“遺書”を持ち、

 

勉強ではなく、
“人を殺す方法”を学ばされ、

 

 

爆弾を持って特攻するも、
大量の銃弾でハチの巣にされ、
戦場の中に散っていったのです。

 

勉強したかっただろうし、
恋愛したかっただろうし、

 

スポーツしたかっただろうし、
苦しかっただろうし、
痛かっただろうし、、、

 

 

・・私はそんな戦争経験者たちの事を
思うと、恵まれた環境の中で育ってきた

 

今現在の若い子供たちが抱いている、
「勉強意味ない!」という不平不満が、

 

心の底から信じられないぐらい
“贅沢な悩み”だとしか思えないのです。

 

もし、過去に戻れたとして、
南の島々で絶賛戦闘中の彼らに対し、

 

子供たちがこんな不満を抱いている
と伝えたらどう思うでしょうか?

 

「ふざけんな!!俺と代われ!!!」

・・・と言っていたかもしれません。

 

若い子供たちは、自分にとって

  • 興味がない
  • 好きじゃない
  • わからない

 

勉学をするように指示されているために、
自分達があたかも不当極まりない

扱いをされているような気がする
かもしれませんが、

 

全く持ってそうではなく、
そもそも、文句を言ったり、

 

ゴネたりするほど
不当な扱いをされていません。

 

むしろ真逆で、
“恵まれすぎ”という言葉が
しっくりくるくらいです。

 

私自身”ゆとり”ですし、
戦争を経験した身ではありませんし、

「俺たちも若いころ苦労したんだから、
お前たちも歯を食いしばって苦労しろよ」

 

みたいな年寄りの発想は
あまり好きではありませんが、

 

どう考えても
戦争行くよりも学校で勉強できる方がマシですよ

 

ガチの「無教養」な状態で社会に出ると引かれるから

 

真の意味で「本当に勉強してこなかった人」
は私たちの想像を絶するほど、

本当になにも知りません。
なんにも知りません。

 

  • 大学卒なのにアルファベット全部言えない
  • 九九がスラスラ言えない
  • 熊本が四国にあると思っている
  • 国民の三大義務がわからない
  • オーストラリアの首都が「シドニー」だと思っている
  • 割と簡単な漢字が読めない「頭上 とうじょう」「留意 るい」

参考:togetter

 

・・・ちょっと待った、
俺もそこまで人様の事をとやかく言うほど
勉強熱心じゃなかったし、

 

知識・教養に恵まれているワケじゃないけど、
それはマズくない?と言いたくなるレベルの
人間が本当にいます。

 

ギャグみてえな話ではありますが、
本当にこのような無教養の人間が存在するのです。

 

もし、身近にそんな人間がいたとすれば、
「勉強なんて必要ない」なんてフザけた発想
が湧くハズがありません。

 

いやいやいや!・・・
恥じた方がいいです。

 

 

「勉強しとかないと後々後悔するよ」
と今現在の自分の教養の無さを恥じる事が
できるのならまだマシです。

 

それすらも気づけない程に無教養な状態で、
「勉強って役に立たないよね」
なんて言われると結構引きます。

 

「どの口が言ってんだよ?」
って言われちゃいます。。。

 

自分の人生の選択肢を狭める事につながるから

確かに、
仕事で使わないところでは使いません。

 

しかし、だからと言って勉強を蔑ろに
してもよいものでしょうか?

 

世の中の先生方は、
成績だけを見ているワケではありません。

 

確かに、テストの点数や普段の成績は
総評価に対して大きな割合を占めていますが、

 

ソレさえできればOK
という甘いものでもないのです。

 

例え、学力が思わしくなくとも、
ちゃんとアドバイスを聞いて熱心に
勉強に励んでいたり、

 

素直に先生方の言う事をよく聞いて
真面目に取り組んでいるのであれば、
ソレだけでも、人として評価されていきます。

 

それなのに、成績が芳しくない上に、
「必要ない!」といって

 

勉強すること自体を投げ出して
あぐらをかいているようでは、

 

当然、後ろ指を指されて
不愉快で肩身の狭い思いをするでしょうし、
勉強に楽しさなんて見出せません。

 

そういったスタンスで勉強
というジャンルにさじを投げている限り、
少しづつ学力は落ちていきます。

 

そうすると、
行きたかった大学にも行けなくなります。

 

目指していた就職先にも
行けなくなります。

 

そうすると、
本来夢見ていた職業とは程遠い、

 

愚にも付かない仕事について
・・という風に、

 

自分の将来を大きく
歪めてしまう事につながります。

 

今現在陥っている不孝は、
少しずつ紐解いていくと、

 

「若い頃、一生懸命勉強出来て
いなかったのが原因だった」
という事が多いにあります。

 

昔、勉強してなかったツケが
時間差で将来襲ってくるのです。

 

 

只単に、イヤな事から逃げているだけにすぎないから。

 

総じてとは言いませんが、
基本的に、

 

「将来的に使わないから勉強なんて必要ない」
といっている

 

世の中の子供たちは、
将来的に使わないからやりたくないのではなく、

 

ただ、勉強が嫌いなだけ、
やりたくないだけで、

 

嫌いな事から逃げているのを「将来役に立たない」
という真っ当そうな大義名分を付けて
ことごとく逃げているだけです。

 

 

社会は学生時代とはくらべものに
ならない程、試練の連続です。

 

学生だった頃は、

  • 勉強を学ぶための机
  • 解き方・答え方が詳しく載っている教科書
  • 聞けば詳しく教えてくれる先生

 

という、恵まれた環境が
そろった中で勉学に励むことができます。

 

ところが、いったん社会に
働いてみると状況が180度変わっているのです。

 

 

現場に出てみれば、
詳しい教科書なんて置いてませんし、

 

いちいち詳しく、丁寧に教えてくれる
上司・先輩なんてほとんどいません。

 

恵まれた環境ですら、
やれといわれた事をロクにできないのに、

 

そういった条件すら整っていない状況下で
満足いく結果なんて残せるとは思えません。

 

厳しい言い方かもしれませんが、
勉強もちゃんとできなかった人間が、

 

大人になって仕事を上手くこなせる人間になるか?
と聞かれると、怪しいですね。

 

 

人間にとって「学ぶ事」を放棄したらとてももったいないから

勉強を怠ける

地球規模でみて、
人類の一番の長所ってなんでしょうか?

 

鳥類で言えば、大きな翼と軽い体を使って、
大空を自由に滑空する事ができます。

 

海に棲んでいる魚は発達した尾ひれと
水中でも窒息しないためのエラを使って、
自由に泳ぎ回る事ができます。

 

人間にはそれらの機能は備わっていません。

 

 

じゃあ、人間の長所って
一体何があるんでしょうか?

 

人間の長所を挙げるとするのであれば、

 

「知能が発達していて、学習能力を持ち、
思考する力が備わっている事」
です。

 

 

人間には翼も尾ひれも生えてはいませんが、
「鳥」「魚」といった対象をいろんな
観点から考察・学習した上で、

 

様々な試行錯誤と経験を積んで、
何度も失敗に追われつつも、
教訓を得ていくことで、

 

「鳥」以上の滑空能力のある飛行機を
生み出してきましたし、

 

「魚」よりも潜航能力のある潜水艦を
作り出してきました。

 

つまり、人間にとって一番の長所は
「学ぶ力がある事」です。

 

頭と体の比率で言えば、
イルカが一番地球上で頭の良い動物と言われていますが、

 

今現在、高い技術力を持ち、
高度な文明を築けているのは「人間」以外いません。

 

考える力があったからこそ、他の動物を支配、
統括する存在になれたのです。

 

その人間の長所である「学ぶ事」を
放棄するのはとってもナンセンスです。

 

すなわち、
唯一の長所を捨ててしまっているのと全く同じです。

 

それが学校の勉強となんの関係があるの?
と思う方もいるかもしれません。

 

一度、考えてみてください。

 

例えば、学校の科目でとっても
不人気な数学・科学などの「自然科学」

 

この「自然科学」という分野に
情熱を注いでくれる人間が一人もいなかったら、
世の中はどうなっていたでしょうか?

 

科学技術

いまこの記事を見ているのも

 

  • スマホ
  • タブレット
  • PC

 

という文明の利器があったからこそです。

 

この三種の神器も、LED証明を用い、
光触媒を使って画面にコンテンツを表示します。

 

スマホだけではありません。
私たちが良く使うこれ等のもの

 

  • テレビ
  • 電話
  • 冷蔵庫
  • クーラー
  • こたつ
  • 飛行機
  • 電車

 

も元を正せば、
「自然科学」の応用で生まれてきたモノです。

 

つまり、「自然科学」について
一生懸命携わっている人たちがいるからこそ、
今現在の便利で快適な生活を享受できるのです。

 

もし、地球上の人間すべてが
こういった分野を蔑ろにして、
勉強を怠けていたら、

 

多分すべての人類の文化水準が
原始時代と同じレベルでとどまっているハズです。

 

最後に

 

確かに学校での勉強が将来必ず役に立つか?
と聞かれると、

 

使わない可能性は多いにあります。

 

 

ただ、学校での勉強をことごとく
サボっていた人間ほど、

 

「あの時もっと勉強しておくんだった」
と後悔している人間が多いのです。

 

 

もちろん例外も存在します。

  • 有名なダンサーとして世界中のダンスシーンを盛り上げて食っていけるようになった
  • 野球を一生懸命頑張って年棒1億円を越す大選手になった
  • YouTuberとして生計を立てられるほどになった

 

ただ、こういった人たちは、
学業以外の分野で死に物狂いの努力を
重ねているので、

 

決してラクをしているワケで
はありませんし、

 

ハッキリ言って、普通に学校で勉強に
勤しむよりもリスキーで強烈な毎日を
送っています。

 

また、それだけではなく、
生まれてきた環境や周りの人脈に
恵まれていたり、

 

大成するまでに大病を患ったり
事故やケガを起こしていない
奇跡も伴っているのです。

 

また、そういった「スーパーマン」も、
勉強を一生懸命頑張っている割合は高いです。

 

 

根尾 昂選手も勉強めっちゃ頑張っていると

有名です。

 

 

 

・・・というか、

義務として課されているものなので、

 

「将来使う、使わない」関係なく、

どっちみちやらないといけないのです。

 

であれば、一生懸命取り組んで、
勉強が得意になったり、
好きになったほうが利口です。

 

 

親の立場になってよく考えてみてください。
自分の命より大切な子供ですよ?

「勉強やんなくていいよ!」
なんていう無責任な発言すると思いますか?

 

 

追記

 

別に、

「朝から晩まで馬車馬の如く勉強せんかい!!」

と言っているワケではありません。

 

また、子供たちの夢を否定するつもりも

全くありません。

 

 

「野球選手になりたい!」

 

エエではないか!

一生懸命部活頑張りなさい!

 

「YouTuberになりたい!」

 

立派な夢じゃないか!

恥ずかしがらずに頑張って活動するべきだ!

 

「けど、撮影機材が無いんだ・・・」

 

よっしゃ!お前の夢に投資するから、

いくら必要か言ってみなさい!

 

「プロゲーマーになりたい・・・」

 

カッコいいじゃないか!!

皮肉や嫌味の類ではなく本心でそう思ってる!

 

今度キミにピッタリの

ゲーミングパソコンを買いに行こう!

 

「でも、お金がないんだ・・」

 

何言ってるのさ笑

私は君の親だぞ?金の心配するのは

ナンセンスだ!やりたい事やりなさい!

 

「けど、周りの友達にバカにされないか不安なんだ・・」

 

いいか?そんな周りの雑音気にするな!

世界で一番強いプロゲーマーに大成して

その連中を見返してやりなさい!

 

「ありがとう!じゃあ世界で一番強い

プロゲーマーになるために、勉強する時間削るよ!」

 

・・・ちょっと待った!!

それは甘いぞ!息子よ・・・

 

 

多分、マトモな親なら、こんな会話に

なっているハズです。

 

実在するプロゲーマー“Ninja”氏も

こう語っています。

 

 

また、最後まで“勉強は大事だ”

と長文を書き連ねてきましたが、

 

私は、『勉強』については

非常に重要だと考えていますが、

 

『学校』に関してはクソ

だと感じています。

コメント欄に理由を書いてます。