風刺画を見て“ウーバーイーツ”は“本業”として捉えないほうがいいと思った

2020年5月22日

こんにちは。ナカです。
最近、”UberEats”流行ってますね。

 

フードデリバリーサービスの事なんですが、
アレを見て思う事があります。

 

「あの系統の副業は、
その場しのぎのお金が欲しい以外の理由でやるべきでは
ないんじゃないだろうか?」

と思うのです。

 

少し言い方が嫌らしいのですが、
今回は、この”Uber Eats”を俯瞰で見た
感想を綴らせていただきます。

 

Uber配達員はあくまでも“その場しのぎ”だと思う。

 

画像にしてみた方が伝わると思ったので、
拙いながらも、絵にしてみました。

 

 

見たまんまです。
イラストの内容は、「お金を追いかけるUber配達員」

 

 

もう一つ見てほしい画像があります。コレです。
見たまんまです。
「人参を追いかけるお馬さん」

 

Uber配達員の方には、
かなり失礼な表現ですが、

私は上に示した画像と下に示した画像、
どちらも似たような存在だと思っています。

 

なぜなら、どちらも、
誰かが用意した仕事、誰かが用意した報酬に
従って、特に何も考える事なく、無思考のまま、
単純な労働を繰り返しているに過ぎないからです。

 

 

よく考えてみてください。

 

確かに、すぐにお金に換える事ができますが、
配達が終わったら、そこでお金を渡されて
「ハイ、終わり」です。

 

つまり、それまでの苦労や時間が
はした金に変わるんです。

 

ものすごく致命的な事だと
私は思っています。

 

なぜなら、それを何度も繰り返していかないと、
お金を継続して稼ぐ事ができないのです。

つまり、その場限りで
収益性が途絶える一過性の労働でしかないですし、
Uber Eatsのシステムそのものが、
そもそも割りに合った給料体系ではないため、

今後先の事を見据えた場合、
もっと効率的、かつ、資産性に富んだ
副業にシフトチェンジしたほうがいいのでは?

 

・・と思う事があるのです。

 

 

ある程度の時間と労力を投資
できる状態なのであれば、目先の利益に捉われず、
資産性の高い作業に打ち込むべきではないか?

 

と思ってしまうのです。

 

勿論、即金性が高い副業ですし、
配達員紹介制度を使えばある程度収益を水増しする事は可能です。

 

ですが、コレはあくまでも、
副業の範囲内で捉えるべきで、

 

本業として本格的に取り組むのは、
非常に危険だと感じています。

 

ただ、よくよく考えてみれば、
ウーバー配達員に限らず、

雇われて働くすべての人間に対して、
当てはまる事なのでは・・

 

と思い、この記事を書きました。

 

世の中は“操る側”と“操られる側”でできている

 

世の中の大半の人はこの「お馬さん」と同じ存在で、
ニンジンは賃金という名の「お金」を意味しています。

 

対して、ウーバー配達員の頭にぶら下げられたお金は、
インセンティブという名の「賃金」を意味しています。

 

賃金という形でなら
きちんと「支払われるハズのもの」ですので、

 

いつまでたっても人参を手に入れる事が出来ないまま、ただ走り続ける「馬」

と、

ちゃんとインセンティブという形で配達賃金を貰える「ウーバー配達員」

は全く違うように思えるかもしれません。

 

 

 

ただ、よくよく考えてみてほしいのです。

 

 

経済社会が作り出している”お金”
というものの実態は、ある意味この風刺画と
同じものではないかと私は思うのです。

 

 

むしろ馬の人参も一日中走らされた後に、
ちゃんと餌として食べさせてもらえるなら、
まさにこれは賃金と同じようなものと言えるのではないでしょうか。

 

それを踏まえた上で、
もう一つ見てほしい画像があります。コレです。

 

 

このイラストの本質的なところが
わかるでしょうか?
“意図してお金をぶら下げている人間がいる”という点です。

 

要するにその賃金を右へ左へと誘導し、
労働者を意のままに操っている人間がいるという事。

 

これもまたビジネスの世界や
世の中のあらゆる事にあてはまるかと思います。

 

賃金を受け取る為に働くという行為と、
それをさせている側の人間の事を皮肉的に描くなら、

まさに今挙げた画像こそが
それを最も適切に表現しているのではないかという話です。

 

 

 

こんな事を言うと日々、
真面目に労働しているような人は

 

「じゃあ、オレは人参を追いかけている馬と同レベルなのか!」

 

と怒ってしまうかもしれませんが、
それが現実なんだという事を
冷静に受け入れてほしいのです。

 

 

そういった人たちの労働のおかげで、
それ以上の利得を手にしている人がいる。

 

 

 

これは紛れも無い事実です。

 

 

 

ただ労働者側はそこにさえ気づいていない場合や、
そういう事すら考えなかったという場合もあるハズです。

 

  • 「自分は好きでこの仕事をやっているんだ。」
  • 「自分は雇用主の事が好きで、貢献するために一生懸命働いているんだ。」

 

それはそれでイイ事ですし、
何も悪い事だと言っているわけではありません。

 

ただ冷静に物事を見ていった時、
ぶら下げる側になる事と追いかける側になる事。

 

 

つまり、

 

 

「”操る側” ”操られる側”、
どっちになりたいか?」

 

というだけの話です。

 

 

このような見方をしなければ
現実が見えない事もありますので、

私はそれをわかりやすくお伝えするために、
今回の記事を書かせて頂いた次第です。

 

 

勿論、世の中の全ての人が
操る側の立場になる事は不可能です。

 

清掃員がいなければ、
普段利用する街や建物は汚くなります。

 

屠殺する人間がいるからこそ、
美味しい料理を口に運べるのです。

 

素直に人参を追いかけてくれる人がいるから、
世の中の経済が成り立ち、
経済は潤滑に機能し、発展していきます。

 

ただ少なくともこの日本という国には、
それぞれの立場を選ぶチャンスが全員に与えられています。

 

 

この事に気付くか気付かないかも、
ある意味、大きな1つの分岐点だという事です。

 

この話を耳にして悔しさや、
やりきれなさを感じたなら、

その現状を脱却する為の行動を
取っていくしかありません。

 

一時の欲望や快楽に溺れながら
ただ時間を浪費していくのでは、
本当の自由や自立は見えてこないと思います。

 

それこそが馬にとっての人参であり、
雇用されている人達にとっての賃金というものなんです。

 

ただ、“汗水流して苦労するのが正義”
という考え方もありますので
私はその考え方を否定しているわけではありません。

 

「特に悩みも無く、組織に貢献するのが楽しい」
ソレが非常に羨ましく思う事だってあります。

 

お金だけが全てではありませんので。

 

ただもしもあなたが
こうして私がお伝えした事を踏まえて、

 

今の現状が見せかけの安定や
見せかけの自由に過ぎないと思うなら、
その気持ちを奮い立たせて立ち上げらなければいけません。

 

そうすることが自分らしく
生きるという事だと思うからです。

 

日々の欲望を満たす事や
安定を求める気持ちを
どういう方向に費やしていくかは全てあなた次第なのです。

 

 

それを人から与えられるものに費やしていくのか、
自らの行動力、精神力、モチベーションに繋げていくのか。

 

その方向性を変えるだけで、
あなたの生き方は大きく変わってきます。

 

まずは自分がどう生きていきたいのか。

それを考え、行動していく事が
自分らしい生き方を手にする第一歩だと思います。

 

最後はちょっとウザい話になってしまいました。
今日はこの辺で以上とさせていただきます。

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