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皆さんは職場で後輩が何かしらの案件を任された際、

「全知全能を傾けて頑張ります!!」

と、決意表明をしている姿を見かけたことはありませんか?

 

その姿勢、その意気込みはとても素晴らしいとは感じますが、

「全治全能を傾けて」というセリフがなんだかつっかかります。

 

全知全能を傾けて・・・・?

なんとなく違和感を感じてしまうのは私だけでしょうか?

 

「なにがどう間違っているの?」と疑問に思った方は、

このまま読み進めてください(´^ω^`)

 

 

「全知全能」という言葉の意味は・・・

 

「全知全能を傾けて、問題解決に取り組みます。」

 

とても頼もしく感じる言葉ですね!

大企業の社長、あるいは大臣や政務官などの「偉い人」たちも、

しばしば口にする言葉です。

 

これが、実はとてつもなく「傲慢」なセリフである事に、果たして当人たちは

気づいているでしょうか?

 

「全知全能」とは、すべてを知り尽くし、何でもできる、「完全無欠」の

知能や能力を意味する言葉です。

 

つまり、「全知全能を傾ける」と宣言している人たちは、

自分自身が「全知全能の神」である

・・・と言っている事になるのです。

 

人の身でありながら神を気取る事は、傲岸不遜の極みで、

まさに「神をも恐れぬ所業」です。

 

この言葉が、いわゆる「偉い人」たちのお気に入りという事実も、

理解できるというものです。

 

彼らのような地位に上り詰めるためには、

人を人とも思わぬ驕りが必要なのでしょうか。

 

・・・というひねくれた考え方はさておき、

もちろん、彼らが本当に言いたいのは、そんなことではないハズです。

 

多分、

 

「自らの持てるすべての能力を惜しみなく注ぎこんで、

精一杯頑張ります!」

 

と言いたいのではないでしょうか?

 

だとすれば、傾けるものは「全身全霊」にしましょう。

 

全知全能を傾けて× 全身全霊を傾けて〇

 

「全身全霊を傾けて」

 

コレならば、自分の心身の力をすべてかけるという意気込みを表現できます。

 

ただし、「全身全霊」を使えばそれで済むかというと、

そんな単純なものではありません。問題の根はそれほど浅くないのです。

 

 

本質は、その言葉が使われる場面にあります。

「全知全能」であろうと「全身全霊」であろうと、

そのような言葉を使った「宣言」を頻繁に行っている人は、

ほぼ確実に「ハッタリ」です。

 

 

宣言の後で、本当に文字通り心身のすべてを費やす姿など、

ごく一部を除いてあまり見かけたことはありません。

 

彼らの目的は、聴衆に対する「決意表明」をすることです。

それさえできれば十分なので、それ以上の意味はありません。

 

要するに口先だけのパフォーマンスや見掛け倒しである可能性が高いのです。

 

聞きかじりの四文字熟語を安易に持ち出す姿は、まさにその象徴で、

自分が「ガチ」であるかの如く見せかける事ができてさえしまえば

「全身全霊」でも、「全知全能」でも、どちらでも構わないのです。

 

そのため、私自身は「全知全能を傾けて」という言葉をカンタンに使う人に対しては、

「信用ならない!」とまでは言いませんが、少しだけ不安に駆られることがあります。

 

 

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